lis's blue bird.

書くことは、過去にすること。

新宿の気持ち悪さ

これは以前、Twitterにも書いたことだ。

双極性障害で社会から隔離されている期間、トーヨコキッズに会った。

彼女には、沢山の頼れる友達がいるらしい。恐らく、買春仲間だと思う。

病院にきた彼女の身体には、ひどい虐待の跡があった。

親からわざと、火傷させられたと話していた。

病院にいる人たちは、彼女と同じように、家族から虐待された人が9割を占めるらしい。もれなく私もそうだった。

彼女は親を頼れない。だから、買春仲間を頼る。彼女は買春を止めることができないだろう。死ぬまで身体を売り続けるのだと思う。死ぬというのは、幸せに死ぬことではない。性病になったり、悪い人間に絞められる可能性の方だ。

少しだけ会話が通じない彼女は、無邪気にセックスの話をし始めたかと思えば、警戒する猫のようにジッと私を見つめたり、反応が不安定だ。

彼女のような、所謂境界知能と呼ばれる人たちが買春をしたり、精神病院に入ったり、警察に捕まったりを繰り返して、それらの客層がぐるぐる回っているのだと思う。

私は新宿という町によく出かけていた。

大好きなホテルのアフタヌーンティーを楽しんでいた。

でも、そこでは彼女のような人々が性的に利用されたり、警察に捕まったり、時には死んでしまったりしているのかもしれない。

なんとなくそのことは理解していたが、彼女のような当事者を目の前にして、何とも言えない気持ちになった。

そのホテルのInstagramハッシュタグは、いつ見ても、とても華やかな写真が並んでいる。着飾った人、美味しそうなケーキと紅茶。

しかし、背景の夜景に写るビルには、彼女のような人の寂しさや弱さを利用する悪い大人がきっと働いている。

二つの欲望のコントラストに、思わず眩暈がするのだ。

今日も新宿には、様々な欲望が渦巻いているのだろう。

本当にその夜景は、美しいのだろうか。